私たちは常に惜別の情の中に生きている

 

 唐詩選の五言絶句の中に、人生足別離の一句があり、私の或る先輩はこれを「サヨナラ」ダケガ人生ダ、と訳した。まことに、相逢った時のよろこびは、つかのまに消えるものだけれども、別離の傷心は深く、私たちは常に惜別の情の中に生きているといっても過言ではあるまい。

太宰治「グッド・バイ」作者の言葉 もの思う葦 (新潮文庫)

 

もうすぐ桜桃忌ですね。
せっかくなので太宰治について書こうかと思いましたが、
今日の主旨と外れてしまいそうなので、やめておきます。
19日にでも少し書こうかしら。
たぶんまとまらないだろうけど。

彼についてちょっと何を書こうか考えただけで、
あっという間に1時間が過ぎたタトゥーレ鈴木です。

なので今日は彼の話ではなく別の話。

やや遅い情報ということをお許しください。

 

出会ったときの喜びにくらべると、別れたときの傷心は
深く長く心に残り、尾を引くものだと思います。

「私たちは常に惜別の情の中に生きている」

いつかは別れの時がやってきます。

別れを経験しない人生など皆無に等しい。
むしろ常に別れの中に生きていると考えるのが正しく、
また、そう考えた方が少しはその惜別の情から
心を解き放つことができるのではないでしょうか。

しかし、それが永遠の別れとなった場合、
必ずしもそう言いきれない部分があるでしょう。

 

死というものは、等しく、辛く悲しいものであります。

当人との関係が近ければ近いほど、
それはより深く、そして長く続くでしょう。

まして肉親ともなれば・・・もはや他人が口を挟む余地のない
ことではありましょうが、心中お察し申し上げます。

 

先日、「くぼたみか」様のお父様がお亡くなりになったそうです。

 

私としては最近存じ上げた方ですし、
知る経緯がちょっと特殊ではありましたが、
それでも何らかの縁があってのもの。

これもタイミングというものでありましょう。

ご尊父様のご逝去の報に接し、
謹んでお悔やみ申し上げますとともに、
心からご冥福をお祈りいたします。

私のようなものがコメントをするのを嫌う方も
いらっしゃるかとは思いますが、どうしても一言
申し上げたく、コメントをいれさせていただきました。

 

落ち着くまでゆっくりすればいい。

そして落ち着いたらお父様との思い出を
たくさんブログに書いたらいい。

何も言える立場ではございませんが、
個人的にはそんな風に思います。

 

 

なお、それに比べたら宇宙の塵ほど小さく
どうでもいいことではありますが、
Amazonのショップ「青木未央」は
どうやら出品停止になった模様です。

合掌。

 

 

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